| はぎおうかんかんれんいせき みたじりおふなぐらあと |
| 萩往還関連遺跡 三田尻御舟倉跡 |
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| 所有: |
防府市 |
| 所在: |
防府市三田尻 |
| 指定: |
平成元年(1989)9月22日 |
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関ヶ原の戦(1600年)後、周防・長門の2か国に封じ込められた毛利輝元(てるもと)は、参勤交代や海戦、平時の海運に備えた藩の水軍の本拠地である御舟倉を、現在の下松市に設けた。しかし、萩城との交通の便や地形等を考慮し、慶長(けいちょう)16年(1611)三田尻に移した。
御舟倉には藩主の後座船(ござぶね)や軍船が常置されただけでなく、船の建造や修理が出来る設備も整えていた。また、周辺には水軍の将校や船頭・船大工など関係者の住宅地の町割りが計画的になされていた。幕末には御舟倉を海軍局と改称し、海軍学校も設けたが、明治維新後ともに廃止された。
元禄(げんろく)元年(1688)以降行われた周辺の開作(干拓)や維新後の埋立により、現在では通堀(かよいぼり)とこれに通じる水路の一部を残すのみである。 |
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