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国指定史跡   史跡

はぎおうかんかんれんいせき みたじりおちゃやきゅうこうない
萩往還関連遺跡 三田尻御茶屋旧構内
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所有: 防府市
所在: 防府市お茶屋町
指定: 平成元年(1989)9月22日
 三田尻御茶屋は、承応(じょうおう)3年(1654)、2代萩藩主毛利綱広(つなひろ)によって建設された藩の公館で、藩主の参勤交代や領内巡視の際、あるいは公式賓客の旅館にあてられたものである。
 7代藩主重就(しげたか)による安永(あんえい)5年(1776)の大改修、13代藩主敬親(たかちか)による嘉永(かえい)4年(1851)の大改修のほか数度の改修が行われており、規模や間取りは様々な変遷をたどっているが、県内に遺る御茶屋として唯一、区画の明瞭なものである。幕末の文久(ぶんきゅう)3年(1868)8月には、京都の政変の難を逃れた三条実美(さねとみ)ら七卿(しちきょう)が相次いで御茶屋に入り、多くの勤王(きんのう)の志士(しし)を交え国事が談じられた。
 昭和14年(1939)、御茶屋は防府市に寄贈され、重就の法名にちなんで「英雲荘(えいうんそう)」と命名されている。


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