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国指定史跡   史跡

すおうこくがあと
周防国衙跡
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所有: 防府市 他
所在: 防府市国衙・惣社町・警固町・勝間・多々良
指定: 昭和12年(1937)6月15日
 7世紀のなかばから後半、律令(りつりょう)制度を中国から取り入れ中央集権的な国家づくりを進めた朝廷は、地方を国(くに)・評(こおり)(郡)・里(さと)という単位に再編した。それぞれの国は、中央で任命された国司と呼ばれる役人が派遣され治めていた。その役所が国府(こくふ)(国衙)である。防府の地名は周防の国府にちなんだものである。
 国府の建物群は奈良時代に最も整備されたと考えられるが、平安時代以降律令体制の変質と衰退に伴い全国の国府は移転縮小したり、その姿を歴史の上から消したりしたものが多い。そうしたなかで周防国府は鎌倉時代以降、東大寺の管轄となって、その機能や形態を変えながらも近世まで存在したのである。
 全国の国府跡の中では最も早く国の史跡に指定された。国府域の中央やや北寄りに位置し政庁があったと推定される国庁域、国府津(港)が設けられていたと考えられる船所(ふなどころ)・浜ノ宮(はまのみや)地区、国府域の四隅、国府域の西限と推定される大樋土手(おおひどて)が指定されている。
 昭和36年(1961)以来の発掘調査の結果、国府の建物が国府域の東へ大きく拡がっていることがわかってきた。


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