もどる
トップページに
もどる
国指定史跡   史跡

しきやまじょうあと
敷山城跡
所在地を地図で表示します

 
この写真をクリックすると拡大表示します
クリックすると写真が
拡大表示されます
所有: 防府市
所在: 防府市大字牟礼
指定: 昭和10年(1935)6月7日
 敷山城跡は、防府市牟礼の北西にそびえる矢筈ヶ岳(やはずがだけ)(標高460m)の南西8合目付近に位置し、元亀2年(1571)まで敷山験観寺(けんかんじ)が建っていたところである。
 元弘(げんこう)3年(1333)、鎌倉幕府が滅び、後醍醐(ごだいご)天皇による建武(けんむ)の新政が始まったが、天皇中心の政治に反対する足利尊氏(あしかがたかうじ)が、延元(えんげん)元年(1336)1月、兵をあげた。周防・長門の武将の多くが尊氏に味方して上京するなか、周防国衙(こくが)の役人で後醍醐天皇方の小目代清尊(しょうもくだいせいそん)・検非違使教乗(けびいしきょうじょう)らは尊氏に敵対し、験観寺を城として立てこもった。しかし、尊氏が差し向けた軍勢により、同年7月4日に陥落した。
 現在、清尊らが立てこもった本堂の礎石や数カ所の坊跡、梵字岩(ぼんじいわ)などが残っており、毎年8月2日(旧暦の7月4日)には、地元の保存会による例祭が行われている。


このホームページ内で提供される
テキスト、資料、写真、グラフィックス、データ等の
無断使用を禁じます。
Copyright 2001,Hofu Virtual Site Museum,Japan