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市指定有形文化財   考古資料

にちりんじきょうづかいぶつ
日輪寺経塚遺物 1揃
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所有: 個人蔵
所在: 防府市東仁井令
指定: 昭和42年(1967)9月1日
 この経塚は仁井令(にいりょう)八幡宮(現 桑山(くわのやま)八幡宮)の社坊(しゃぼう)で、
明治3年(1870)に廃寺となった日輪寺の境内において慶応(けいおう)年間(1865〜1868)に発見されたものである。
 経筒(きょうづつ)、法華経(ほけきょう)、石塔(せきとう)が現存する。経筒は高さ20.7cm、口径5.8〜6.1cmの鋳銅製で蓋が欠失している。法華経は奥書によれば保延(ほうえん)6年(1140)に僧侶の厳勝(げんしょう)が母の現世安穏・後世菩提を祈願し、日輪寺にて書写したものである。石塔は高さ250cmで、五輪塔と一部宝篋印塔(ほうきょういんとう)が混在しているが、室町時代の作と思われる。
 経塚は経典を埋め、盛り土をした日本独自のもので、平安時代中期から全国に広まった。当初は末法(まっぽう)思想に基づき、末法の世が終わるまでの経典保管という目的で作られたが、時代が進むにつれて極楽往生、追善供養が目的になっていった。
 写経の文字が明瞭に残っていることなど、防長における代表的経塚遺物として注目される。


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