| いわぶちかんのんじのぼんしょう |
| 岩淵観音寺の梵鐘 1口 |
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| 所有: |
宗教法人 観音寺 |
| 所在: |
防府市大字台道 |
| 指定: |
昭和54年(1979)11月1日 |
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観音寺は大内弘世(ひろよ)が定めたという、周防国三十三番観音霊場の第26番札所である。
寛永(かんえい)19年(1642)に、毛利輝元(てるもと)の長女が鐘楼とともに寄進したのがこの梵鐘である。
総高104.8cm、文様は比較的多様で撞座(つきざ)のある縦帯(じゅうたい)の上方に曲■(きょくろく)に坐して数珠(じゅず)と三鈷杵(さんこしょう)を持つ弘法大師(こうぼうだいし)像を、池(いけ)の間(ま)第三区・四区には天女(てんにょ)像を鋳出している。さらに、中帯(ちゅうたい)の下段には図案化された八葉の蓮華文(れんげもん)を、草(くさ)の間(ま)には牡丹唐草文(ぼたんからくさもん)を連ねて鋳出している。
鋳物師(いものし)は三田尻(みたじり)を本貫(ほんかん)とする塚本信久(のぶひさ)で、後に初代萩藩主毛利秀就(ひでなり)より郡司讃岐(ぐんじさぬき)の名を許され、藩のお抱え鋳物師として子孫にわたり仕えることとなった。この梵鐘は信久が萩城下に召し出される前、三田尻に在住して塚本姓を名乗っていた時代のものである。彼の手による梵鐘の中では現存する最古のものであると同時に、近世における防長の梵鐘の最初のものであり、防長鋳工史上の貴重な遺品である。 |
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