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国宝   絵画

しほんぼくがたんさいしきさんすいず せっしゅうひつ
紙本墨画淡彩四季山水図 雪舟筆 1巻
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  附 紙本墨書送雪舟帰国詩並序 徐l筆      1幅
  紙本墨画淡彩四季山水図 伝雲谷等顔筆(副本)1巻
しほんぼくしょせっしゅうきこくにおくるしならびにじょ じょれんひつ
しほんぼくがたんさいしきさんすいず でんうんこくとうがんひつ(ふくほん)

 
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所有: 財団法人 防府毛利報公会
所在: 防府市多々良
指定: 昭和26年(1951)6月9日
 四季山水図は、雪舟芸術の中で最高傑作といわれ、一般には「山水長巻(さんすいちょうかん)」の名で知られている。縦40.4cm、全長は15.68mある。
 雪舟は名を「等楊(とうよう)」といい、応永(おうえい)27年(1420)備中赤浜(びっちゅうあかはま)(岡山県総社市)に生まれ、画は京都の相国寺(しょうこくじ)で周文(しゅうぶん)に学んだと言われている。縁あって大内船で明(みん)に渡った雪舟は、文明(ぶんめい)元年(1469)に帰国すると、10年余り全国行脚(あんぎゃ)の旅に出て、文明16年(1484)山口に帰ってきた。大内政弘(まさひろ)が与えた雲谷庵(うんこくあん)の「天開図画楼(てんかいずがろう)」で2年余り構想を練り、中国大陸の大自然で学んだ貴重な体験と、日本の山野を踏破して得た日本の風景を重ね、楼閣・塔・人物などは中国風に、それらを包み込む微妙な四季の移り変わりは日本風に表現し、中国風の点景をかりて移り変わる日本の美しさを描いたのである。雪舟は、精根を傾けて描き上げたこの「山水長巻」を、生涯の保護者であった大内政弘に奉ったと思われる。大内氏滅亡後は毛利氏に伝わり、現在に至っている。
 附(つけたり)の徐■(じょれん)筆の詩は、雪舟が明に渡ったことを示す唯一の資料であり、伝雲谷等顔(とうがん)筆の山水長巻の写一巻とともに国宝に指定されている。雲谷等顔は、毛利輝元(てるもと)に認められ雪舟の画統をつぎ、雲谷派の始祖となり、その子孫は永く画をもって毛利氏に仕えることとなる。


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